Vol.3 血管炎性ニューロパチーの臨床と病理 Vol.3 血管炎性ニューロパチーの臨床と病理

ANCA関連血管炎と血管炎性ニューロパチー

山口大学大学院
医学系研究科神経内科学 教授
神田 隆 先生
多発性単神経障害の原因となる血管炎として最も重要なサブカテゴリーであるANCA関連血管炎には、好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(EGPA)、顕微鏡的多発血管炎(MPA)及び多発血管炎性肉芽腫症(GPA)があります。
血管炎性ニューロパチーの確定診断とその後の治療方針の決定には、発症時点での血管炎の存在を病理学的に証明することが重要とされており、その診断のポイントについて、山口大学大学院医学系研究科神経内科学 教授 神田 隆 先生にご解説いただきました。
血管炎性ニューロパチーの病理学的証明
ANCA関連血管炎では、MPO‐ANCA、PR‐3-ANCAの存在が血管性ニューロパチーの診断に有用です。末梢神経伝導検査による軸索障害の検出も重要ですが、最も重要なのが血管炎の形態学的証明です。
血管炎では、侵される血管の太さによって多発性単神経炎をきたすか否かが決定されます。小動脈から細動脈が障害されたときに、血管炎性末梢神経障害が発症しますが、これには2つ理由があります。一つは「末梢神経を栄養する小動脈から細動脈は、末梢神経組織にとってterminal arteryである」こと、もう一つは「末梢神経に存在する神経周膜には血液神経関門(BNB)があり、ここを貫く血管が斜めに走行する」ことです。
●「小動脈から細動脈は、末梢神経組織にとってterminal arteryである」
末梢神経の神経上膜を縦に走行する栄養血管の直径は大体300~500μm前後が中心で、1本の血管は限られた範囲の神経組織を灌流しています。このサイズの動脈はterminal arteryであるため、血管炎による閉塞がおこると側副血行路からの血流が期待できません。このため、末梢神経組織は一気に虚血性梗塞に陥ります。虚血に陥った末梢神経では有髄線維密度の減少がおこりますが、これが虚血の程度に応じて支配血管毎に不均一になる(図1)のが血管炎性ニューロパチーの特徴です。
図1 末梢神経の病理所見
提供:山口大学大学院医学系研究科 神経内科学 教授 神田 隆 先生

治療開始が遅れたため重症ニューロパチーを後遺症として残した37歳男性EGPA症例の生検腓腹神経(エポン包埋トルイジンブルー染色)。有髄線維は一見して高度に減少しているのがわかるが、中央3つの神経束のうち、左下の神経束の左下部分(赤矢印)にはほとんど残存有髄線維がない(図1a)。このスライドの視野を更に左下にずらしていくと、全く有髄線維がみられない神経束(青矢印)が1つあらわれる(図1b)。この腓腹神経は少なくとも2本の栄養血管から血液供給を受けており、赤線がそれぞれの支配領域の境界を示し、赤線より左下の部分はより虚血が高度であったことを示唆する病理像と解釈できる。

●「神経周膜には血液神経関門(BNB)があって、ここを貫く血管は斜めに走行する」
末梢神経実質である神経内鞘に血液を供給するため、神経上膜を走行してきた小動脈は、神経周膜を貫いて神経内鞘内へ入ります。この際、小動脈は神経内鞘に向かって直角にまっすぐ入っていくのでなく、神経周膜層を斜めに貫くことが知られています1)。神経内鞘は閉鎖空間であり、また神経内鞘を外界(神経上膜)と区別する神経周膜の最内層にはBNBが存在するため、BNBの外側に仮に有害物質が存在していたとしても神経内鞘には影響しません(図2)。
この血管が斜めに侵入する形態は、神経内鞘内圧上昇時にチェックバルブの機能を果たし、さらなる血液流入を防いで内圧上昇を阻止します(図3)。神経内鞘の内圧が虚血とそれに続く浮腫によって異常に亢進した際には、部分的に破綻した神経周膜を経て末梢神経ヘルニアなどをきたす危険性があり(図4)、この機構には合目的的な意味があると考えられます。しかし、血液の神経内鞘への流入はストップしますので、原因となっている栄養血管の閉塞を解除しない限り末梢神経組織の虚血はさらに進行する、ということになります。血管炎性ニューロパチーで可能な限り速やかに治療を開始しなければならない理由はここに集約されます。
  • 図2 神経周膜と神経内鞘
     

  • 図3 神経内鞘の圧が上昇したときに
       血流をシャットアウトする仕組み

  • 図4 超急性期の血管炎性ニューロパチー患者の病理所見

    血管の閉塞により末梢神経が梗塞に陥ると、神経線維は軸索変性をきたして神経束は虚血による浮腫をきたして内圧が上昇する。神経周膜直下の白い部分は浮腫を示す所見である。
提供:山口大学大学院医学系研究科 神経内科学 教授 神田 隆 先生
血管炎性ニューロパチーの診断
血管炎性ニューロパチーのほとんどの患者は四肢遠位部優位の運動感覚障害または感覚障害をきたし、痛みを伴う頻度が高いことが臨床症状として重要です。左右差のある多発性単神経障害の形をとっていれば血管炎性ニューロパチーである確率はさらに高くなります。最も重要なのは「血管炎そのものを証明する」ことです。血管炎が直接的に証明できれば、血管炎性ニューロパチーの診断が確定します。血管炎による虚血に起因する「軸索変性を証明する」ことも重要です。
●「血管炎の証明」
血管炎の病理所見としては、フィブリノイド壊死や内弾性板の断裂、炎症細胞の血管壁とその周囲への浸潤が典型的です(図5)。
  • 図5 血管炎の病理所見

提供:山口大学大学院医学系研究科 神経内科学 教授 神田 隆 先生
腓腹神経生検は、末梢神経障害の現場を形態的に見る検査としてとても重要です。神経生検で血管炎が証明できる確率は50~60%といわれています2)が、腓腹神経に加えて短腓骨筋を同時生検することで検出率は15%上昇します3)。末梢神経と筋肉を同時に生検することで診断の陽性率が上がります。
さらに、間接的に血管炎の存在を示唆する所見も重要です。
① 神経束内、神経束間での神経線維密度低下やミエリン球の分布の差異の存在
② 神経周膜の肥厚
③ 神経上膜内中小動脈の再開通所見
などが虚血性障害を示唆する間接的な所見として有用です(図6)。
  • 図6 間接的に血管炎を示唆する病理所見

提供:山口大学大学院医学系研究科 神経内科学 教授 神田 隆 先生
●「軸索変性の証明」
血管炎では、血管が閉塞した結果として軸索が変性します。有髄線維は中心に軸索があり、その周囲に髄鞘があるというドーナツ状の形態をとっています。正常な有髄線維は髄鞘2:軸索6:髄鞘2の割合のドーナツ状になっていますが、軸索変性では軸索が崩壊するためこの関係が崩れます。軸索が潰れると、ミエリンが凝集したような形態(ミエリン球:myelin ovoid)になります。この状態になると神経線維としては機能しませんが、神経細胞体が生きている限り、不十分ですが再生がおこります(図7、8)。
  • 図7 軸索変性と再生過程

  • 図8 EGPA患者でみられる軸索変性(急性期)

提供:山口大学大学院医学系研究科 神経内科学 教授 神田 隆 先生
血管炎性ニューロパチーの治療の免疫グロブリン療法
血管炎性ニューロパチーの治療の原則は、
① 可能な限り速やかに治療を開始すること
② 十分量の免疫抑制薬を用いること
③ 原因疾患によって治療方針を変更する
の3点です。しかし、この3項はあくまでも臨床的な経験から導かれたもので、血管炎一般ではなく“血管炎性ニューロパチーの治療”に特化したレベルの高いエビデンスはないのが現状です。そして、早期の治療開始には迅速な診断が重要になります。現在行われているステロイド薬を中心とした治療は、早期に治療が開始される限り患者の生命予後や機能予後の面からかなり満足のいくレベルにありますが、シクロホスファミドなどの使用が必要となる例も少なくなく、急性期の治療はまだまだ改善の余地があります。
免疫グロブリン(IVIG)療法は治療オプションとして、ステロイド薬による適切な治療によっても十分な効果の得られないEGPA患者の血管炎性ニューロパチーに対して保険適応を取得しています。虚血性ニューロパチーの慢性期にIVIG療法が効果を示す機序は十分には明らかになっていませんが、神経組織を栄養する血管の、持続する炎症を沈静化することで神経組織の虚血を解除し、軸索の機能障害を改善させる可能性が考えられます。
発症後、できるだけ早い時期に投与を行うことが最も重要ではありますが、罹病期間の長い症例に対しての効果が報告されているのは、神経を支配する血管がいくつか残存しているためではないかと考えられます。神経障害に対しての治療オプションとして考慮すべきと考えます。
1)Mizisin AP et al. Homeostatic regulation of the endoneurial microenvironment during development, aging and in response to trauma, disease and toxic insult. Acta Neuropathol 2011;121:291-312.

2)Collins MP, Periquet MI. Isolated vasculitis of the peripheral nervous system. Clin Exp Rheumatol 2008;26:S118-130.

3)Vrancken AF et al. The additional yield of combined nerve/muscle biopsy in vasculitic neuropathy. Eur J Neurol 2011;18:49-58.
EGPA Clinical Message

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